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2017年9月24日 (日)

読者の皆様にご挨拶

私こと、エンペルパパは、8月より、活動の場をFacebookに移しました。

このブログについては、ある理由から閉鎖はしませんが、今後、更新することは無いと思います。更新されなくなってそれっきり、というのも気が引けましたので、一言、ご挨拶申し上げます。

 履歴を見ると、2010429日の開設から、およそ7年間でアクセス総数61175件(1日平均24アクセス・・・少ないですね)、記事総数491件、まあ、よく続いた方でしょうか。

 ブログの当初の開設目的は、主にポケモンカードゲームの対戦レポートやデッキレシピのためでした。しかし、ポケモンカードゲームは、大半のプレイヤーがダイアリーノートのユーザで、あちらが事実上のコミュニティになっていました。私がトッププレイヤーなら話は別でしょうが、他のブログでは、最初から入り込む余地は無かったのです。

 また、もう一つの鉄道趣味にしても、私は古い写真や資料を持っておらず、皆さんが興味を持つような情報発信は無理でした。

 それでも何とかアクセス数を増やそうと、タイトル、解説、或いは記事タイトルをいじったりしましたが(お気づきでしょうか?)、無駄でした。母の葬儀について書いたのも、何とかアクセス数を増やそうとする「悪あがき」でした。ブログネタを考えるのも疲れてきましたし、そろそろ潮時かと思い、終了を思い立った次第です。

 それともう一つお知らせ。ポケモンカードゲームは引退しました。

 加齢のせいもあるのでしょうが、次々変わる環境についていけなくなっていましたし、正直、大会に参加しても楽しいと感じなくなっていました。実は、5月の名古屋大会も、面白い・楽しい・来てよかった!ではなかったんです(むしろ逆)。

 新弾の発売も、楽しみどころか負担になっていて、増える一方のカード資産の管理が面倒に感じていました。要するに、ブログ開設当初のように、情熱をもって打ち込むことができなくなったわけです。

 その一方で、本来、もっと充実させなければならないはずの鉄道趣味がおろそかになっていて、特に、鉄道友の会の例会や行事に全く参加できておらず、会の仲間に申し訳なく思っていました。

 これ以上、二つの趣味(+家事)の両立は無理と考え、ポケモンカードゲームの引退を決意しました。手持ちのカード資産については、近いうちに売却してしまうつもりです。

 最後に、ポケモンカードゲームでは、近隣の皆様、カードショップ様、また静岡市のSPジムの皆様に大変お世話になりました。この場をお借りして厚く御礼申し上げます。

 さて、このブログは終了しますが、Facebook上でお会いすることもあるかもしれません。その節はよろしくお願い致します。

 長い間ご覧いただき、ありがとうございました。 2017年9月24日 エンペルパパ

2017年9月 3日 (日)

新・遠鉄線路端探訪

私が運営している、遠州鉄道を紹介するサイトへは、下のリンクからどうぞ!

2017年8月19日 (土)

お一人様カラオケ

今日、用事があって、暑い中、浜松市街地まで出かけました。

街中を歩くのは久しぶりでしたが、暑すぎるせいか、人通りはまばらでした。用事は早々に済んでしまい、ぶらぶらしていると、ふと、シダックスの看板が目に留まりました。

帰るにはまだ、時間が早かったし、何より、ロビーをのぞいたら、ガラガラだったので、立ち寄りました。

お一人様でカラオケボックスに行くのは初めてなんですが、新しくレパートリーに加えたい曲(といっても30年も前の曲ですが)もあったので、入ってみました。

ワンドリンクが必要とのことで、ウーロン茶をオーダーし、ほとんど客の居ない店内の片隅の部屋に入りました。

せっかくなので、採点システムをオンにして、思いつくままに歌ってみましたが・・・スコアは平均で84点、ってところかな。

ここの採点システムは、テレビ番組のカラオケ王選手権で見た、システムそのままでした。一つ一つの音について、音程や音の長さが、曲の通りかどうか、きっちり採点されます。自分ではちゃんと歌っているつもりでも、音が外れている個所があって、かなり厳しいシステムですね。システムに登録されている楽譜通りに歌うことが、まずは高得点への第一歩かな?

一時間ほどで7曲歌えたんですが、本日の最高得点は、最後に歌った「宇宙刑事シャリバン」でした。89点なり、惜しい!

曲ごとに全国平均点なるものが表示されるのですが、軒並み80点以上で、油断していると平均点以下になってしまいます。90点以上を取るには、発声練習から始める必要がありそうです。

2017年8月 7日 (月)

新・遠鉄線路端探訪 新コンテンツ追加しました

どうも、エンペルパパでございます。ほぼ1か月ぶりの投稿です。

母の葬儀以来、忌が明けてからも、ポケモンカードからは足が遠のいています。新弾×2もまだ買っていませんし、5月の名古屋大会以来、デッキも触っていない状態です。このままフェードアウトということもあるのかな・・・

代わりに、今までカードゲームの陰でおろそかになっていた、鉄道趣味の方をやっています。

私が運営している、遠州鉄道を紹介するサイト「新・遠鉄線路端探訪」 は、前回更新が昨年11月でしたから、これではいかん、と新しいコンテンツを作成していました。おかげで、7月22日と、昨日8月6日に、新しいコンテンツを二つ公開することができました。

こちらからどうぞ↓

トップページ
新・遠鉄線路端探訪

新コンテンツ二題
謎の北中駅
併用軌道

・・・もっとも、かなり重箱の隅的なネタなので、鉄道ファン以外は???な内容でしょうね。

手前味噌になりますが、「新・遠鉄線路端探訪」は、遠州鉄道を紹介するサイトとしては、随一くらいの情報量がありますし、ここだけ!という情報もあります。

もともと、遠州鉄道は、鉄道ファンの間でも話題になることの少ない、地味な鉄道です(最近は、釣りかけ車両の運行で注目を集めていますが)。同じような地方路線でも、例えば、名鉄瀬戸線や江ノ電のように、コアなファンが大勢いる路線と違い、歴史、遺構、路線などを紹介しているサイトは、ほぼ皆無といっていい状態でした。

これは裏を返せば、誰もやっていない=情報発信のチャンスというわけで、張り切ってWEBサイトを作り始めたのが、今から11年前のことでした。

それ以来、調べれば調べるほど、新しい疑問や謎が出てきて、ネットを探しまくったり、線路端を実際に歩いてみたり、中央図書館の郷土資料室に何度も足を運んだりしました。それでも満足せず、東京まで出かけて、国土地理院の閲覧室で大正時代の地図を入手したり、国立公文書館で遠鉄の前身となる鉄道会社が提出した様々な書類を閲覧したりしました。

更には、鉄道友の会に入会し、遠鉄OBの方を紹介していただき、貴重なお話をお聞かせいただきました。

気が付けば、紙と電子データとで、相当な量の情報が集まり、中にはどんな文献にも載っていない、本邦初公開の資料すらありました。汗と涙の、と言ったら大げさでしょうが、「新・遠鉄線路端探訪」は、そんな私の11年間の遠鉄研究の成果です。

2017年7月 5日 (水)

四十九日の法要

先週土曜日は、母の四十九日の法要でした。

昔は親族にも来ていただいたのですが、高齢化が進み、暑い中負担をかけるのも忍びないので、家族だけで執り行いました。

菩提寺の住職に来ていただき、まずは家での法要。お盆が近くなりましたので、その法要と併せて拝んでいただきました。

一通りお経を上げていただいた後、お寺に移動し、本堂での法要。最後にお墓に移動し、遺骨を納骨しました。

うちの墓は、ごく一般的な形なので、家紋が刻まれた石(水鉢を兼ねています)が納骨室の蓋になっています。嵌まっているだけなので、簡単に取り外しできたのですが、これが結構重たくてびっくり。まあ、石の塊ですからね。前回開けたのは、26年前の祖母の納骨の時でした。

納骨室の中には、父と祖母の骨壺がありました。本当は祖父も入っているはずなのですが、祖父は小笠原の海の底で、多くの戦友と共に眠っています。

祖母の骨壺の上に母の骨壺を乗せると、住職が塩と酒で清めて?くれました。納骨室に余りスペースが無く、母の骨壺は、少し斜めに置いてしまいました。住職によれば、遺骨は、お墓の中に撒くのが本来の納骨のやり方なので、万一、骨壺が倒れて遺骨がこぼれても、問題無いそうです。

住職が団扇太鼓を打ち鳴らし、御題目「南無妙法蓮華経」を唱える中、納骨室を閉じたのですが、今度は石がなかなか嵌まらず、悪戦苦闘。何とか元通りに嵌めて、およそ2時間掛かった法要がようやく終了しました。

お寺からのその足で、地元の美味しい蕎麦屋に移動し、ささやかな会食となりました。天ざるが美味かった~。

さて、5/14の母の他界からの一連の仏事が、ようやく一区切りとなり、これで忌明けとなりました。喪は1年間続きますので、神社には行けませんが、普段の暮らしは平常運転に戻ることができました。

次の法要は、一周忌。来年の5月ですね、その後、初盆を予定しています。本来、この地域は7月半ばがお盆の時期ですが、母の場合、四十九日と続けてになってしまうことと、菩提寺の予約が一杯だったことから、来年にしました。まあ、ようやくあの世に着いたと思ったら、もう一時帰宅なんて、母が気の毒ですしね。

とりあえず、一連の葬祭日記も、ここでひと段落です。ここまでご覧いただき、ありがとうございました。

2017年6月26日 (月)

中陰法要

仏教では、人が死んでから次の生を受けるまでの49日間を「中陰」と言うそうです。それが日本に伝わり、日本独自の死生観として、死者があの世へ旅立つ期間と解釈されています。

本来は、死者があの世にたどり着くまでの49日の間、7日ごとに法要を行うのですが、現代では大分省略され、うちの菩提寺では、(施主から要望が無い限りは)初七日、五七日(三十五日)、七七日(四十九日)の法要を勧めているそうです。

母は日曜日に亡くなりましたので、同じ週の土曜日が初七日に当たります。初七日の当日、菩提寺の副住職(住職の息子さん)に来ていただき、自宅で法要を執り行なったあと、お寺参りをしました。昔、父が亡くなった時には、親族も呼んだ覚えがありますが、今は家族だけで行うのが一般的です。

次の週からは、土曜日ごとに母の祭壇にお膳を備えて供養し、お寺参りにも欠かさず行きました。菩提寺からは、小さな塔婆を七枚頂いていて、七日毎のお寺参りで塔婆をお墓に供えるのがしきたりです。

五回目の土曜日には、再び住職に来ていただき、五七日法要を執り行いました。

初七日と七七日(四十九日)は一般的ですが、なぜ五七日に法要するのかというと、人は死んであの世に旅をする途中、七日毎に生前の行いについて、仏さまから取り調べを受けるのだそうで、五七日の取り調べを行う仏さまは、かの閻魔法王!

全てを映し出す浄瑠璃の鏡の前で、生前の行いについて、特に厳しく取り調べられるそうです。ということで、この世から一生懸命お経を送って、助けてあげるのだとか。ちなみに、閻魔法王のもう一つのお姿は、地蔵菩薩とのことで、本当はお優しい仏さまなんですね。
※なお、この辺りのお話は、宗派や僧侶によって少しずつ異なっています。

そうして、長い旅を経て、四十九日でようやくあの世に到着します。この世では、七七日の法要を執り行い、家に置いてある遺骨をお墓に納骨します。白木の位牌もお寺に納め、漆塗りの本位牌に作り替えます。既に位牌が有る場合は、新たに戒名を書き加えます。

うちの場合は、初七日法要の際に、副住職に位牌をお渡しして、お寺から専門の業者に依頼し、位牌に母の戒名を書き加えていただきました。

こうして四十九日の法要が済むと、「忌明け」となるそうです。

葬儀後の手続き

葬儀翌々日の金曜日から、葬儀後の様々な手続きを始めました。

母の預金口座や保険証券を並べ、葬儀場からもらったパンフレットも見ながら、必要な手続きをノートに書き出しました。

  • 銀行預金口座の相続
  • ゆうちょ口座の相続
  • 生命保険の保険金請求手続き
  • 後期高齢者医療保険証と介護保険証の返納手続き
  • 介護施設の退所手続き
  • 年金受給者死亡届と未受給年金請求

年金暮らしの母でも、これだけの手続きが必要でした。もしかしたら、まだ他にもあるかもしれません。全部を忌引休暇中に手続きできれば良いのですが、とてもそうは行かないので、できるものから順番に片づけていくことになります。

今回は、まず、介護施設の退所手続きから行いました。なぜかというと、保険証が施設に預けてあったからです。また、2年半ほどお世話になりましたので、そのお礼の意味もあり、まず、手続きとご挨拶に伺いました。

事務の方や介護士の方に面会し、まずは生前のお礼を言い、退所手続きの書類を書いて保険証を返していただきました。入所の時に持ち込んだ衣類や衣装ケースについては、特に聞かれなかったので、施設の方で処分していただけたようです。

次に行ったのは、銀行や郵便局では無く、家からほど近い市民サービスセンターです。区役所に行くよりも大分近いので、こちらに向かいました。

ここでは、母の戸籍謄本、私の戸籍謄本、そして私の印鑑証明をもらうつもりで、できればその足で銀行や郵便局に向かうことにしていたのですが、ここで予期せぬ事態となりました。

実は、母の戸籍謄本(除籍謄本)がまだ出来ていなかったのです。もちろん、死亡届はちゃんと提出してありましたよ。

出来ていなかった理由は、私たち親子が以前、引っ越ししていたから。

20年前、母が嫁入りした旧宅(=私が生まれた家)から、今住んでいる家に引っ越した関係で、母の本籍が旧宅のままになっていたのです。しかも、区を跨いでの引っ越しとなったことから、前の家の管轄区役所と書類のやり取りをしなければならず、戸籍謄本が出来上がるまでに5日くらい掛かるとのことでした。

ということで、この日のお仕事は、ここで終了。後日、休みを取って手続きをすることにしたのでした。

2017年6月22日 (木)

葬儀の翌日

準備~通夜~葬儀 と一連のイベントがようやく終わりました。

会社から忌引き休暇をいただいていましたので、葬儀翌日の木曜日は、朝からゆっくりできるかと思ったのですが、娘が学校に行くので、いつもの時間に起きました。

まずは、母の祭壇にご飯とおかずとお茶をお供えして、手を合わせました。これから四十九日までの間、毎日、このようにして祀ります。

母の祭壇の直ぐ隣に神棚があるのですが、白い紙を貼って封印しています。忌中の間、神棚に触れてはならないから、だそうです。

朝食を済ませた後、まず取り掛かったのは、皆様からいただいた香典の集計。

葬儀場からは、昔ながらの立派な「御香典帳」をいただいたのですが、当然、それは使わず、Excelで集計しました。

記名からカテゴリー分け(親族、会社、友人、隣家、等)

封筒を開けてお金を取り出し、金額を封筒の裏に書き込み

Excelの表に記入

数式でカテゴリー毎に集計し、実際の金額と照合

だいたい、こんな流れ。午前中で片付きました。手書きて集計していたら、とても半日では終わらないだろうし、第一、書き込みだけで疲れてしまいそうです。

一覧表にしてみると、全部で120人もの方たちから、ご香料をいただいたことが判りました。ありがたいことです。何れ銀行に入金することにして、まずは厳重にしまっておきました。

次にネットで、母名義の銀行口座や郵便局口座の相続手続き、年金受給者が亡くなった時の手続き、それに介護保険と後期高齢者医療保険の保険者死亡の際の手続きについて調べました。できることなら、忌引き休暇中に済ませたいのです。

銀行や郵便局のWebサイトには、手続きについて懇切丁寧に説明してありました。必要書類は・・・母の戸籍謄本に、私の戸籍謄本、私の印鑑証明と実印、死亡診断書のコピー、住民票・・・・うひゃー、いろいろ揃えなければ手続きもままならないです。役場に行くのは次の日にしました。

葬儀の翌日、私がしたことはこれくらい。妻は通夜と葬儀の間、溜まった洗濯物を片づけていましたが、私も妻も、まずは体を休めることを優先したのでした。

2017年6月19日 (月)

お寺参り

葬儀~三日目法要までが終わりましたが、私たち家族には、まだやらねばならないことがあります。

葬儀場からのその足で、菩提寺にお寺参りに行きました。

本堂では、住職と奥様が出迎えてくれました。

まず、ご本尊の日蓮上人に供物をお供えして、住職の読経のもと、焼香しました。

次に位牌堂に移動し、真新しい白木位牌をお祀りして、再び焼香。

初七日、五七日、七七日(四十九日)の各法要を予約しましたが、初盆は四十九日と日が近いので、来年にさせていただきました。住職のお話しでは、昨年から今年に掛けて、檀家で亡くなられた方が多く、お盆は施餓鬼法要の予約で一杯とのことでした。

最後に当家のお墓に行き、生花をお供えして線香を手向けました。

これでようやく終了!

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じゃないんですね~。最後の最後に自宅でやることがあります。

自宅で礼服からジャージに着替えた頃、葬儀場のスタッフの方が来宅しました。仮祭壇を祀るためです。

段ボール製の仮祭壇を組み立ててもらい、仏壇の隣に飾っていただきました。ここには、四十九日の法要が済むまで、遺骨と白木位牌と塔婆を祀ります。遺影の中の母は、変わらず、穏やかな笑顔でした。

祭壇を祀るにあたっては・・・

毎日、ご飯とおかずをお供えすること。

七日毎にお膳(ご飯、香の物、汁物、おかず二品)をお供えすること。

お供えするにあたって、おかずは肉・魚を避ける事。

お供えしてお線香を上げたら、直ぐに下げて食べる事。

もし、直ぐに食べなかったときは、捨てずに土に還すこと。

・・・などのことを教わりました。

それから、後から香典を持って来る人に備えて、香典返しも50個ほど持ってきていただきました。もし余った時は、引き取ってもらえるそうです。

葬儀の打ち合わせから当日まで、何かとお世話になったスタッフの方がお帰りになり、これで今度こそ、本当に終了!!

家族三人で精進落としの料理を食べながら、今日一日をねぎらいました。私はようやくビールを開ける事ができました。お疲れさまでした。

2017年6月18日 (日)

三日目法要と精進落とし

火葬場からバスで葬儀場に戻ってきたのは、16時頃だったでしょうか。拾骨が早く済んだので、事前のスケジュールよりも30分くらい前倒しで進行しています。

葬儀場の入り口では、スタッフが出迎えてくれて、塩で手を洗い、お清めをしました。

ホールに移動し、次は三日目の法要。祭壇に遺骨と写真と位牌が飾られ、住職の読経の中、家族、親族の順で焼香し、30分ほどで終了しました。

この三日目の法要は、仏教で「開蓮忌」 と言うそうです。蓮の花の台座のような形をしたものに、亡くなった人が仏となって座られるということで、開蓮忌法要と呼ばれ、この法要が亡くなってから三日目に行われることから、「三日目法要」 と言われるようになったそうです。

もっとも、後で調べたら、三日目法要を行わない地方が多いとのことで、全国的には、七日目法要(いわゆる初七日)を行うそうです。当地では、三日目、七日目、両方行っています。

本来ならば、この後、精進落としの会食となるのですが、今回は会食せず、料理をお持ち帰りいただくことにしました。というのも、伯母や叔父は高齢者ばかりだし、従兄弟にしても年上が多いので、お疲れの中、長時間拘束するのも申し訳ないし、家族には葬儀終了後も、まだ済ませなければならない事があったからです。

方針は、事前にスタッフに伝えておきましたので、既に準備が整っていました。親族一人ひとりにお礼を言いながら、料理、引出物、そして取り分けた生花をお渡ししました。料理は、員数外だった従兄弟にも渡して、ちょうどぴったりの数でした。

親族が皆、お帰りになり、静かになったホールには私たち家族とスタッフだけが残りました。ここで、お疲れさま!・・・じゃないんですね~。

一番、大事なものを受け取りました。それは香典。昨日の通夜から葬儀まで、いただいた香典は、全て鍵付きの箱に納められ、コインロッカーに保管していました。ロッカーの鍵は私が預かっていましたので、箱を取り出し、中身を別の箱に移し替えました。

これでようやく、引き上げる事が出来ます。遺骨、位牌、舎利骨、塔婆、遺影、香典、家族の分の精進落とし料理、それに生花の残り分(沢山あって、花束4つもありました)を受け取り、スタッフにお礼を言って、葬儀場を後にしました。

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